複利と72の法則:長期投資シミュレーション
要約 (TL;DR)
100万円を30年間、年6%の複利で回すと574万円になる——5.74倍。直感的に「複利は魔法」と聞かされてきたなら、この数字は少し味気なく感じるかもしれない。100倍でも50倍でもなく6倍近い水準だ。複利は速く増殖する魔法ではなく、静かに、しかし方向を失わず積み重なっていく関数だ。だからこの記事のトーンも歓声調ではなく落ち着いた側に寄っている——30年という時間を耐える経験的事実に近い書き方を目指したい。
単利は元本に対してだけ一定の金額を毎期付ける。FV = PV · (1 + r · t)。複利は各期の利息を元本に合流させて再び利息を生ませる。FV = PV · (1 + r)ᵗ。1年目は差が小さく30年目で大きく開く理由はここにある。アインシュタインが言ったとされる(出典不明の)複利讃美は、この経験的事実を言ったものだ。72の法則は暗算用の近道。年収益率 r% で資産が倍になる期間はおよそ 72 / r 年。6%なら約12年、9%なら約8年。正確式は ln(2) / ln(1 + r) ≈ 0.693 / r で、より厳密な数字は69.3。72が選ばれた理由は2・3・4・6・8・9・12でキレイに割れるからで、正確さのためではない。近似は 5–10% 区間で最もタイトで、日常計画用には十分合う。そしてこの指数計算は貯蓄に有利に働くのと同じ残酷さで債務・手数料・インフレにも働く。
背景・コンセプト
お金には時間価値がある。今日の1円は1年後の1円より好まれる。今日の1円は投資されるか、消費されるか、不確実性に備える蓄えにできるからだ。利息は時間の価格だ。貸し手は現在消費を諦める対価としてより大きな金額を後で受け取り、借り手は現在消費を得る代わりに後でより多く返す。
単利は各期間を独立に扱う。元本 PV、期間あたり利率 r、期間 t のとき未来価値は FV = PV · (1 + r · t)。10万円を単利5%に入れると1年後10.5万、2年後11万、3年後11.5万になる。利息は元本にだけ付き、以前の利息が利息を生まない。
複利は各期間の利息を元本に再投入する。FV = PV · (1 + r)ᵗ。同じ10万円を年5%複利に入れると1年後10.5万、2年後11.025万、3年後11.576万円になる。初期は差が小さいが、数十年経つと結果を支配する最大の要因になる。
複利周期は同じ名目金利の中でも結果を変える。名目6%を月複利で計算すると月0.5%を12回適用するので実効年利は (1 + 0.06/12)¹² − 1 ≈ 6.17%。日複利なら ≈6.18%。連続複利(compoundingの数学的極限)は eʳ − 1 ≈ 6.18% を与える。月複利と連続複利の差は実在するが小さく、年複利と連続複利の差が公的文書での「名目金利対実効金利」や英語圏の「APR vs APY」の隙間だ。
72の法則は資産が複利で倍になる期間を近似する。(1 + r)ᵗ = 2 を解くと t = ln(2) / ln(1 + r)。小さい r で ln(1 + r) ≈ r なので t ≈ ln(2) / r ≈ 0.693 / r。r を%に変えると t ≈ 69.3 / r%、72に丸めると整数がよく割れる数字になる——小さな精度コストを払って得る可読性だ。5–10%区間では誤差が1年未満で、非常に低い金利では70や69が少し正確。
比較・データ
初期 100万円 を30年間年複利で回したとき、代表収益率別の近似未来価値。
| 年収益率 | 30年後未来価値(近似) | 倍になる期間(72の法則) |
|---|---|---|
| 3% | 約243万円 | 約24年 |
| 6% | 約574万円 | 約12年 |
| 9% | 約1,327万円 | 約8年 |
表から2つがすぐ目に入る。1つ目、3%から6%に移れば最終金額がおおよそ倍になり、6%から9%に移るとまた倍近くになる——関数が収益率に対して指数的だ。2つ目、倍期間列が同じ形を直感的に見せる。9%では30年で約4回倍になり(初期比1 → 2 → 4 → 8 → 16単位)、3%では1回辛うじて超える程度。
同じ計算がコスト側でも働く。元々年7%で成長するはずのポートフォリオに年1%の手数料を引けば、投資家目線の成長率は6%になり、30年経つと手数料のない代替比で最終資産が約24–25%減少する(近似的に 1 − (1.06/1.07)³⁰)。小さな手数料・インフレ・債務利息はすべて同じ指数の力で複利化される。
実践シナリオ
シナリオ1 — 退職計画。 25歳で始めたAと35歳で始めたBが65歳まで毎月3万円ずつ同じ金額を拠出するとする。年7%複利の仮定でAの65歳時点残高は約7,460万円、Bは約3,650万円。Aは総拠出額が1,440万円でBの1,080万円より約33%多いだけなのに、退職資産は約2倍になる。初期の数年がその後の一生を通じて複利化されるので、その数年が非対称に重要だ。僕の同年代の友人2人にこの数字を見せたとき、1人は翌月からiDeCoの自動積立を5千円から2.5万円に上げ、もう1人は「30年という単語が非現実的に聞こえる」と決定を先送りした——この記事が永遠に解けない人間変数だ。
シナリオ2 — インデックスファンドの長期成長。 非常に長い期間、広範な市場インデックスファンドは歴史的に一般預金の利息を上回る範囲の収益率を見せた。正確な長期平均は市場・測定期間・通貨・配当再投資の有無によって変わり、過去の収益は未来を保証しない。数学が保証するのは1つ——年収益率の小さな差が数十年の複利を経るとほぼ他のすべての決定を圧倒する。
シナリオ3 — 手数料の影響。 年1%手数料のファンドと年0.05%のファンドを30年投資キャリアで比較すると、最終資産が約4分の1減る可能性がある。具体的には 1 − (1.06/1.07)³⁰ ≈ 0.245——最終資産が24.5%削られるという意味だ。同じ市場に30年同じように晒されたのに、コスト差だけで一方は8,000万円、もう一方は6,000万円になる。パッシブ投資議論の核心主張がここから来る。長期収益で最も確実に制御可能な変数はコストで、コスト1%pは収益率1%pと同じくらい強く複利化される——そしてコストは収益率と違って約款に書かれていて決定論的だ。
シナリオ4 — 逆の複利:債務。 年20% APRで回転するクレジットカード残高は、複利の方向を反対に向ける。20%ならおよそ3.6年で残高が倍になる(返さない場合)。ファイナンシャルアドバイザーがほぼ例外なく退職拠出(雇用主マッチ限度以上)より高金利債務返済を優先する理由だ。複利数学は逆方向(契約された金利)でより確実に働く。
よくある誤解
「小さな手数料は大したことない」。 年1%手数料 vs 0%手数料は30年後最終資産を約4分の1減らす。手数料は収益率と同じくらい強く複利化され、収益率と違って契約されていて予測可能だ。
「72の法則は正確」。 ln(2) / ln(1 + r) の近似だ。5–10%区間で最もタイト。非常に低い金利(1–2%)では70または69が微妙により正確で、非常に高い金利では近似誤差が広がる。日常暗算用には72で十分。
「歴史的収益率は保証される」。 違う。長期平均にはまったく違うマクロ経済体制の数十年分と生存バイアスが混ざっている。期待収益率は意図的な安全マージンを取った計画仮定として使い、現実がアップデートされたら仮定もアップデートする。
「拠出金額が期間より重要」。 初期キャリアでは追加の複利期間が追加の拠出金額より結果を左右する。「小さくても今すぐ始めろ」アドバイスの核心直観だ。ただしこの直観も一度検証する必要はある——30年 vs 20年の差は約2倍の差を作るが、毎月の拠出額を倍にできる人なら遅い開始が部分的に挽回される。時間と金額は互いに換算可能な資源で、どちらをより多く持っているかは人によって違う。
チェックリスト
- 実際に複利か? 利息・配当が自動再投資されるか商品条件を確認——短期商品にはまだ単利も多い。
- 金利と周期は? 年・月・日・連続のどれか、比較時は実効年利に換算。
- 72の法則で倍期間は? 72 ÷ 金利(%)。長期計画の素早い妥当性チェック。
- 手数料が最終資産をどれくらい削るか? 収益率から手数料を引いて30年シミュレーションをやり直す。
- 債務が逆複利中か? 高金利債務返済は普通、雇用主マッチ以上の投資拠出より優先。
- 低い金利では70を使ったか? 1–2%では70が少し正確。
関連ツール
Patrache Studio 複利計算機 は元本・金利・複利周期・定期拠出を変えながらシミュレーションしてくれるので、上の抽象式があなたの貯蓄軌道の具体グラフに変わる。同じ数学の債務側の鏡には ローン金利:元利均等・元金均等・満期一括の実際の違い がある——長期元利均等ローンの初期利息が重い理由が正に借り手側の複利矢印だ。長期ポートフォリオに外貨資産が含まれるなら 為替計算:仲値・現金・送金の違い がFXコスト層を扱う——1%のFXスプレッドは30年の間に1%の運用報酬と同じように複利化される。
参考文献
- 米国証券取引委員会(SEC)、Investor.gov — https://www.investor.gov/
- Bogleheads Wiki(パッシブ投資基礎関連のコミュニティリファレンス、公式規制機関ではない)— https://www.bogleheads.org/wiki/
- 企業財務・投資論概論書(Brealey/Myers/Allen、Bodie/Kane/Marcusなど)の貨幣の時間価値導出と名目・実効・連続複利の関係。